渡辺貞明建築設計事務所   mail : sadwat@mac.com 044-434-4777


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和風クリスマス

ミッドタウン東京のサントリー美術館に鳥獣戯画 を見に行こうと思ったが、あまりにも長い行列に恐れをなして簡単にあきらめた。

写真は吹き抜けに垂れ下がっていたクリスマスツリーの垂れ幕だが、よく見るとツリーを構成しているのは番傘・抹茶茶碗・手毬・扇・鼓・独楽など「和」の代名詞の様なもので構成されている、背景の色もまさしく漆黒を狙っている。
f0156448_1221459.jpg

クリスチャンでもないのにクリスマスに浮かれる気にならないアマノジャクな私にとって、どうせ宗教と無関係ならば、日本のクリスマスの広告はこれで良いのだと妙に納得した。
これなら敬虔な信者に対して後ろめたさも無い。正月にちょっと助走をつけてみたくらいのものだ。

考えてみると、ずいぶん古くから日本はいろいろなものを輸入し、そしていつも日本人ならこうする、という「和」に帰結する回答を提示してきたように思う。

私は建築家だから無理やり話を建築、特に住宅に引っ張っていくが、ごく一般論として、日本の住宅にこのようなプロセスが見られるのは昭和初期から、戦前くらいまでではないだろうか。
今では住宅は歴史、様式の延長線上にあるのではなく、極言すれば、自動車や家電製品などのように工業製品として存在している。
あこがれのプロバンス風やアメリカ西海岸風にしてもパーツを輸入して、だらしなく寄せ集めただけで、どこか日本のクリスマスと同根の様な気がしてならない。

日本人が「和」と関わりのない空間に住んでいても便利で快適ならば違和感がないのは、楽しくて、にぎやかで、ゆたかなだけの日本のクリスマスを喜んでいる様なもので、なにかバックグラウンドが欠落した虚しさのようなものがあるのではないだろうか。

いろいろな意味で世界との距離が縮まれば縮まるほど、日本の文化が薄められてゆくのではなく、むしろ鮮明にしていきたいものだ。
by sadwat | 2007-12-04 01:06